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コロナ後の世界を考えてみた

カウンセラー職の私も新型コロナウイルス感染防止対策のため、事務所には出勤せずに在宅勤務する日々が続いている。

対人援助そのもののカウンセラーが在宅でできることはあまりない。インターネットを利用してテレビ電話方式でカウンセリングをする、などという手もあるが、機材を調達したり、個人情報保護に配慮したルール作りをする時間もなく、今回は実施には至っていない。

 

毎朝、始業時にスタッフ相互にメールで存在確認と業務の確認を行う。そして、お昼、終業時に同じようにメールを飛ばす。時々チャットで相談したりもするが、ほとんどの時間はPCとにらめっこしながら資料を作ったり読んだり・・・。

 

気候も良くなり、花粉も少なくなったので少し窓を開けている。そうすると、子どもたちのはしゃぐ声がたくさん聞こえてくる。その声に誘われるわけではないが、体を動かしたくて自宅の近所を歩き回る。自宅は野川の近くだ。河原には家族連れがいくつかシートを広げている。お散歩のカップルもいる。なんと平和な風景だろう。

 

近所の奥さんにもバッタリと遭遇する。お互いに「在宅勤務で疲れますね」などと声を掛け合う。玄関先の雑草が伸びてきたことに気づく。

 

まるで毎日が土曜日のような感覚になる。

 

一方で、忙しさを極めている職場も多い。医療機関はもちろんのこと、保健関係、社会福祉協議会はもう休む暇がない。

 

少し俯瞰してみれば、暇になった仕事から、忙しくなった仕事へ、マンパワーを上手にシフトさせることが、このコロナ後の社会になるのだろうと思った。すぐにシフトするのは大変だろうが、意外と早くできるかもしれない。今の在宅勤務やテレワークだって、なんだかんだいってできている。

 

観光や飲食業は大変かもしれない。しかし、まったく不必要なものではないから絶対に生き残るだろう。「仕組み」を考える時間は必要だろうが。居酒屋は夕方にお持ち帰りのお惣菜を店頭に並べるようになった。すごい工夫だなあと思う。

 

こうした仕組みと工夫を試行錯誤しながら、本当に必要なもの、それが生き残るのだろう。それがいったい何なのか、今の私には明確にはつかめていないが。それでも、今すでに起きている事象などからヒントはいろいろありそうだ。

 

インターネットの普及によって、緩やかに変化していたものが、ここにきて加速するだろう。生産と消費が直結していくだろう。そうすると、相対的にローカルなエリアでの経済活動が盛んになるだろう。反対に、中間を取り持つような業務はなくなっていくだろう。目に見えにくいものに投資をしたりする業態は減っていくだろう。グローバル化や金融取引はある程度縮小していくと思う。

 

ここからは私の希望も含めての見解となるが、よりローカルで親密な社会が思いがけず訪れるのではないだろうか。貧富の格差は是正されつましくとも安心できる地域社会がやってくるのではないか。

 

などと、野川の土手を散歩する親子連れを眺めながら思うのであった。

源さん